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仙台高等裁判所 昭和49年(行コ)4号 判決 1977年1月20日

第一審原告

岩渕徳治

右訴訟代理人

菅原一郎

外三名

第一審被告

束稲土地改良区

右代表者理事長

石川誠

右訴訟代理人

伊藤俊郎

右指定代理人

束稲土地改良区書記

佐藤昭宏

外一名

主文

第一審被告の控訴に基き原判決を取り消す。

第一審原告の請求を棄却する。

第一審原告の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実

第一審原告代理人は、「原判決をつぎのとおり変更する。第一審被告は、第一審原告に対し、金四九万七、三五〇円および内金三二万六、六六二円に対する昭和四五年三月七日から、内金一七万〇六八八円に対する昭和四六年二月二六日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。第一審被告の控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、第一審被告代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次のとおり付加、補充するほかは、原判決事実摘示に記載されているところと同一であるからこれを引用する。

第一審被告は、

一、1 土地改良事業は、農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業であつて、農業生産の基盤の整備及び開発を図り、農業の生産性の向上、農業総生産の増大及び農業構造の改善に資する目的をもつて(農業基本法九条)農業用排水施設、農業用道路その他農用地の保全又は利用上必要な施設の新設、管理、廃止又は変更、区画整理及び農用地等に関する権利の交換等の事業を総合的に行うものである(法一条二条)。したがつて、土地改良事業は事業開始から完了までに相当長期間を要することが予想されるところから、その間において改良事業施行区域内の土地を権利者においてでき得る限り継続して利用し得るように配慮することが望ましく、また従前の土地所有者用益権者等の権利関係の可及的速やかな安定をはかり、土地改良事業に伴う権利行使の制限を最少限度に止めることが要請される。そのため、土地改良法は五三条の五以下において土地改良区は、換地計画において定められた事項又は土地改良法で規定する換地計画において定める事項の基準を考慮して従前の土地に代わるべき一時利用地を指定することができるとし、その指定がなされたときは、従前の土地の権利者は一時利用地を従前の土地について有する当該権利にもとづく使用及び収益と同一の条件により使用及び収益することができると規定し権利者に加える制限を最少限度に止めるようにするとともに、一時利用地の指定を受けたものがその指定によつて損失を受けたとき、又は法五三条の六第一項の規定により同項に規定する従前の土地の全部若くは一部の土地につき権利を有する者がその停止によつて損害をうけたときは、土地改良区はその損失を受け者に対して通常発生すべき損失を補償しなければならないと規定し、その反面一時利用地の指定がなされた場合において、従前の土地の権利者がその指定によつて利益をうけるときは、土地改良区はその利益をうける者からその利益に相当する額の金銭を徴収することができる旨規定している。

2 一時利用地の指定によつて損失を受けたときの意味内容は必らずしも明瞭でないが、一般的に損失補償は、適法行為に基く特別の犠牲に対し全体的な公平負担の見地からこれを調節し全体の負担に転嫁するための法技術的手段として認められる制度であり、広く一般に負担を課する場合とか、財産権そのものに内在する社会的制約にあたる場合とか、あるいは本人に特別の負担を課せられる理由がありその理由に基づいて特別の負担が課せられる場合とかは特別の犠牲に当らない。特別の犠牲にあたるかどうかについては、侵害行為の対象が一般的であるかどうか及び侵害行為が財産権の本質的内容を侵すほどに強度なものであるかどうか、いゝかえれば、社会通念に照らしその侵害が財産権に内在する社会的制約として受忍しなければならない程度のものであるかどうかの両要素について客観的合理的に判断して決すべきものとされている(田中新版行政法上二一一頁以下)。この点および五三条の八の文言体裁その補償が事業の完了をまたずになされるものであること等からすると、一時利用地の指定によつて生ずる損失というのは、一時利用地の指定によつて直接発生するところの特別な損失すなわち権利の行使が一定期間停止されるとか、従前の土地に比べて一時利用地の面積が甚しく減少するなどの損失の生ずることが客観的に明白であつて、当該被指定者でなくともその被指定者の地位に立つ何人に対してもこれを受忍すべきことを要求し得ない程度の特別の損失に限られるものと解され、右の受忍限度を越えると認め得ない程度の損失あるいは一時利用地の指定の間接的ないし附随的または随伴的な効果として生ずる損失や、その生ずることが必らずしも客観的に明白とは言い得ない損失、当該被指定者の特殊、個人的、主観的な理由によりうけると認められる損失等は特別の損失に含まれないと解するのが相当である(岡山地裁昭和四四年一一月二五日判例時報六一一号七七頁)。そして、通常生ずべき損失というのは、客観性をもつ通常受ける損失の意味であつて必らずしも実損のすべてを含むものでない。

3 第一審原告の損失についての主張は、具体性と明確性を欠くと考えるが、しかしそのような損失は生じていないし、かりに何らかの支障が生じたとしても、それは土地改良事業とくに区画整理事業の性質上(ブルドーザー等による機械施行が主体である)、当初から完全な事業の実現を期待することは実際上不可能で事業の施工過程または施工完了後当分の間は多少の障害の生ずることを免れることができないものであり、これらのことは多かれ少なかれその他の権利者にとつても同様であある。そしてこの一時的な支障はその後における事業主体の手直工事、被指定者の肥培管理等の営農努力あるいは自然的回復等により徐々に改良工事としての常態に落着く。これがこの種事業の本来の性質であつて、この一時的な支障ないし不良状態は権利者等が当初から当然に予期する事業に通常随伴するところのものすなわちすべてこれを受認しなければならない限度内のものというべきである。

二、一般的に農地の値打ちは、収益力の大小によつて判断されるが、収益力―その実際の収量や費用―は、その土地の耕作者の能力や、努力等の主観的条件およびその時々の気象条件等に左右されることが多いのでその判断は非常に困難である。従つて土地改良法では、収益力に影響を及ぼす土地の客観的諸条件を調査してその条件の良否を総合的に判断して決める方法を採つており、一時的利用地の指定にあたつても換地委員会において耕作者の従前地及び工事の土地の自然条件及び利用条件を客観的に総合的に把握し、さらに耕作者の農用地の集団化等を勘案して従前地に照応する土地を選定し、これを一時利用地として指定しているものであり、指定前後における収穫量そのものはその判断基準になり得ないものである。

本件土地改良事業においては、主たる財源である国の補助金に受益者負担分を加えて反当七万円の費用がかかけられている。換地の一等位の田は従前の一等位の田と同じでない。従前の一等位の田は換地の三等位の田と四等位の田の中間位に位する。

本件土地改良事業の実施により農用地の改良、大型化が行われて大型機械の導入が可能となり、農道、用排水路、揚水場等が改良整備されたのと相まつて、農家経営のいわゆる省力化の成果は極めて大きい。この成果は本件土地改良事業施行区域内の土地を耕作する者の一様に享受しているところであつて第一審原告もその例外でない。本件一時利用地の指定も同様であり、ひとり第一審原告に対し特別の犠牲を課したものではない。

三、1 一五七番の土地について

右土地は、その地形が三角形であるが、面積は一、六五六m2で広大であるから、機械による耕作を行うにしても取りたてゝいうほどの支障をきたさない。また右土地は、用水路の末端部に位置するけれども、揚水ポンプにも近くほ場整備事業実施の際揚水ポンプの能力を七五馬力から一〇〇馬力に強化し、送水管の直径を四二五mmから五〇〇mmに広げ、さらに用水路の整備を行つているので用水は充分であり、引水に多少の時間はかゝるにしても収穫量に影響を及ぼすことはない。通作距離は、従前とかわりがない。

2 二三三番の土地について

土壌調査の結果によると、作土の厚さは二五cm、その土性は黒褐色の壌質土で附近一帯の水田と変りなく、農耕上土壌の性質にもとづく格別の支障を来し、二三三番土地についてだけ収穫量の減少を来たすということはない。現に二三三番田の近くの二四六番、二五二番田を耕作している山平圭二、千葉秀三郎は耕作上何ら支障のなかつたことを認めている。いわゆる表土扱は二三三番田だけでなく本件土地改良事業区域全域について全く行つていない。それは右耕土の性質状況等からその必要性が認められなかつたのと経費を有効に使うためであつた。

3 二八四番の土地について

従前地宇桜里三九四番の土地の標高は、1,794.9cm、一時利用地のそれは1,788.8cm、その差は6.1cmに過ぎず、この程度の差異は、ほ場整備事業の性質上一般的に生ずるものである。そしてこの程度の高低差は、事業による排水路の整備によつてカバーされ、むしろ以前よりも排水が良くなつているので、万一冠水しても従前よりも冠水期間が少なく、従前より収穫量が減少すると言うことはない。

第一審原告は従前は二八四番の西北、すぐ近くの二二七番附近の田を耕作していた。これらの田およびその周辺一帯の田は、当時沼田と称され低地の悪田であつた。しかし本件工事による基盤の整備と排水路が新設されたことにより排水もよくなり耕作上格別の支障は生じていない。

と述べた。

第一審原告代理人は、

一、一五七番の土地について用水が充分であるとの第一審被告の主張は否認する。

二、二八四番の土地について、

第一審被告は、請負工事業者から引渡を受ける時点で、二八四番の高低についても設計図通りか否かを調査をし、手直し工事をさせるべきであつたにもかかわらずこれを怠り、また、その改良工事をしないので、二八四番に冠水しやすい状態がつづき、このため第一審原告は多くの損害を受けている。昭和四四年度に冠水したのは二八四番のみで、第一審原告の他の一時利用地は水害の影響を受けていない。昭和四五年度には水害はなかつた。

と述べた。

(証拠)〈省略〉

理由

一本件の事実関係に関する当裁判所の認定判断は、次に付加するほかは、原判決理由一ないし三に記載されているところと同一であるからこれを引用する〈中略〉五枚目裏二行目から三行目に「同等級地を換地する方法をとつたが、改良事業の結果三等地以下は存在せず最低等級を二等地とした。」とあるのを「同等級地を換地する方法をとつた。」と訂正し、同行の次に「ただし、従前の土地の評価額は、一〇アール当り一等位で一五万円、二等位で一四万一、〇〇〇円であつたが、換地(第二次指定の一時利用地は、そのまゝ換地となつた)の評価額は、一等位で一七万円、二等位で一六万一、〇〇〇円、三等位で一五万二、〇〇〇円であるから、一時利用地のすべてが従前の一等位の評価額を超えている。」を加え、六枚目表四行目から六行目にかけて「U字管の配管もなく、土質が砂質であるため引水がすぐになくなり、他人の田を通つて来た水を利用するため用水が思うようにならない」とあるのを、「隣接地用水路まではU字管が配管されているが、それから以後一五七番土地までは土水路となつている。一五七番土地の土質は、作土の厚さが二五センチメートルでこれを含む第一層の厚さは32.3センチメートルで壌質土、第二層の厚さは37.8センチメートルで砂質壌土、第三層は砂質土である。引水所要時間は、用水路の末端に位置するが、揚水ポンプに近く、二、三〇分で取水できる。」と訂正し、六枚目表一一行目に「ものが、現在は一一俵ある」とあるのを削除し、同一二行目に「表土を除いて」とある前に「本件土地改良事業区域全域について」を加え、六枚目裏三行目から四行目にかけて「ものが、二一俵位に落ちた」とあるのを削除し、同裏一〇行目に「一般に低地であり」とある前に、「作土の厚さが二五センチメートルで壌質土、第二層の厚さは約六七センチメートルで砂質壌土、第三層も同様に砂質壌土であるがグライ層である。そして」を加え、同七枚目表三行目から九行目を削除し、同表一〇行目に「7」とあるのを「6」と訂正する)。

二〈証拠〉によれば、第一審原告方においては、昭和四〇年度生産米のうち一五八俵(うち二六俵はいわゆる匿名供出)を政府に売渡し、訴外岩渕三治に対し田植、稲刈りの手間賃として二俵を引渡し、自家用飯米として例年どおり二三俵(うち三俵はもち米)を保留し、その合計が一八一俵となること、昭和四一年以降昭和四五年までの間の政府に対する売渡数量は、昭和四一年度九五俵、昭和四二年度一五九俵、昭和四三年度一六三俵、和四四年度一四〇俵、昭和四五年度一四五俵であつて、右各年度の数量に自家用飯米として保留した二三俵をそれぞれ加えると、昭和四一年度一一八俵、昭和四二年度一八二俵、昭和四三年度一八六俵、昭和四四年度一六三俵、昭和四五年度一六八俵となり、昭和四一年度以降は手間賃などに生産米を充てたことのなかつたことがそれぞれ認められ、この事実によれば、第一審原告方における昭和四〇年度の生産米数量は一八一俵、昭和四一年度以降昭和四五年度まの各年度生産米数量は、前記の政府に対する売渡数量と自家用飯米分各二三俵との合計数量であることが認められる。

甲第一〇号証は、訴外卓地耕作が、第一審原告に売渡した肥料代として、昭和四〇年度玄米六〇キログラム入一〇俵を受領した旨の記載のある昭和四八年一〇月二九日付同訴外人作成名義の証明書であるが、この記載にかかる一〇俵をも第一審原告方の昭和四〇年度生産米に加えれば、第一審原告の同年生産米数量は一九一俵となる。

しかし、〈証拠〉によれば、第一審原告方においては、本件土地改良事業区域外に所在する五五アールの田をも耕作しており、その基礎収穫数量は合計二、七一〇キログラム(約四五俵)で、毎年四〇俵から五〇俵の生産量をあげていたこと、他方、本件土地改良区域内にある従前の土地約一町六反七畝三歩の改良工事前の生産量は、反当七、八俵であり、所有地全体として一七七俵か一七八俵であつたこと、本件土地改良事業区域外の右五五アールの田の生産量を多めの五〇俵とし、土地改良事業区域内の従前の土地の生産量を多めの反当八俵としても、全生産量は183.6俵程度にすぎず、一九一俵の生産数量は、過大であること、甲第一〇号証は、第一審原告の子岩渕正が、同号証記載の玄米の引渡の時から七年をも経た昭和四八年に、訴外卓地から貰つてきたものであり、同訴外人がどのような資料に基づいて記載したものか判然とせず、仮に玄米引渡の事実があつたとしても、それが昭和四〇年度産米であつたかどうか甚だ疑わしいものがある。

以上の認定のとおりであるから、甲第一〇号証は措置できず、同号証に記載の一〇俵を昭和四〇年生産米の数量に加えることができない。

そして、前認定の事実によれば、第一審原告の昭和四一年度における米の生産量は、前年度の昭和四〇年度より六三俵減少し、昭和四四、四五年度のそれは昭和四三年度よりそれぞれ二三俵、一八俵減少している。

しかし、〈証拠〉を合せ考察すると、昭和四一年度は本件改良事業による初年度であつて全般に収量が落ちており、それに昭和四一年、四四年度には水害があり、平泉町内の一〇アール当り収量(反当収量)は、昭和三七年から昭和四八年までの一二年間中昭和四一年度が最も低く、昭和四〇年以降から昭和四八年までの八年間では、昭和四一年度に次いで昭和四四年度の反当収量が低く、第一審原告方の右減収は、平泉町における全般的傾向に符合するものであること、昭和四五年度における第一審原告方における減収は、主として政府勧奨により休耕したことによるものであることがそれぞれ認められる。

以上に認定した事実に本件一時利用地が従前の土地より若干減歩されていることをも合わ考えると、第一審原告方の本件一時利用地指定前の収益力と指定後昭和四五年までの間における通常の収益力はほぼ同一であるとみることができる。

三第一審原告の昭和四一、四四、四五年度の右減収のうち、休耕による昭和四五年度の減収が、一時利用地の指定によつて生じたものでないことは明らかである。昭和四一、四四年の水害による減収が、水害による一般的減収によるばかりでなく本件一時利用地の土性、水利、傾斜等に起因するなど、一時利用地の指定によつて生じた第一審原告に特別な減収部分も含まれるかどうか、第一審原告の主張する地形、水利、土性(砂質)、土地の高低それ自体による一時利用地の評価減が、土地改良法五三条の八第一項にいわゆる損失に含まれるかどうかを検討する。

1  土地改良区は、換地処分を行なう前において、土地改良事業に係る換地計画に基づき換地処分を行なうにつき必要がある場合には、その土地改良事業の施行に係る地域内の土地につき、従前の土地に代わるべき一時利用地を指定することができ(土地改良法五三条の五第一項)、従前の土地に所有権、地上権、永小作権、質権、賃借権、使用賃貸借による権利又はその他の使用及び収益を目的とする権利を有する者は、一時利用地指定開始の日から、同法五四条第四項の規定による公告がある日まで、一時利用地をその性質によつて定まる用方に従い、従前の土地について有する当該権利に基づく使用及び収益と同一の条件により使用し及び収益することができる(同法五三条の五第四項、五条七項)。右一時利用地の指定の基準は換地計画の基準と同様に従前の土地の用途、地積、土性、水利、傾斜、温度その他の自然条件及び利用条件を総合的に勘案して、従前の土地に照応すべきこととされている(同法五三条の五、五三条一項)としても、その指定地を将来そのまゝ換地とするための処分ではなく、存続期間の法定された一時的な使用収益を許容するものにすぎない。右一時利用地が、後に換地とされる処分があつたとしても一時利用地の右性質に変りはない。

それ故に、右基準により評価した結果、一時利用地の交換価額が減少することがあつたとしても、ただそれのみに止まつて、現実に損失を発生させる要因となつていないときは、その損失を補償すべき理由が存しないというべきである(かゝる評価減の補償は、終局処分である換地処分においてもなされるものである)。また、損失補償の制度は、適法行為に基づく特別の犠牲に対し、全体的な負担公平の見地より利益の調整を図ろうとするものであるから、右損失のうち本人に特別の犠牲を強いるものにかぎられると解すべきである。かようにして、土地改良法五三条の八にいわゆる通常生ずべき損失とは、現実かつ特別の損失をいうものと解するのが相当である。

2  さきに認定したとおり、本件一時利用地の使用による収益は、通常の場合(すなわち水害時を除く)、一時利用地指定前とほぼ同一であり、第一審原告が、一時利用地の使用による右収益を、指定前の収益とほぼ同一に維持するために、特別の労力経費を要したものと認めるに足る証拠はないから、第一審原告主張の一時利用地の形状、土性、水利等により第一審原告が損失を蒙つたものと認めることができない。

3  次に、昭和四一、四四年度の水害による減収は、一五七番、二三三番の田の位置、形状、土質、水利等の条件により、本件土地改良事業区域内の他の一時利用地の耕作者に比較して、特別の減収であると認めるに足りる証拠はない。

そこで、右水害等の減収と二八四番との関係を検討するに、〈証拠〉によれば、一時利用地二八四番に照応する従前の土地字桜里三九四番田六九七平方メートルは、一時利用地二八四番付近に所在していたもので、一時利用地指定前からこの付近は低地であつて、北上川の氾濫により冠水し易かつたこと、昭和四〇年六月行なわれた評価委員会の評価によれば、従前の土地字桜里三九四番の排水、かん漑の評価は、一五点満点のところいずれも一〇点と悪く、一旦冠水した場合には、排水に二日間を要することもあつたのに対し、一時利用地二八四番にあつては、南側排水路と水田面との落差が三〇センチメートルもあり、排水状況が改善された結果、昭和四一年四月の右評価委員会による評価では、かん漑において一四点、排水において一二点と評価され、冠水後の排水が迅速になつたことがそれぞれ認められる。

右認定に反する原審証人岩渕正の証言、原審、当審における第一審原告本人尋問の結果はた易く信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、昭和四一、四四年度における第一審原告方の水害による減収は、一時利用地二八四番の排水施設等が、他の一時利用地使用者のそれと比較して劣るが故に生じたものと認めることができない。

四以上の理由により、第一審原告は、本件一時利用地の指定により通常生ずべき損失を蒙つたものとは認められないから土地改良法五三条の八に基づき、第一審被告に対して損失補償を求める権利を有していないというべきである。

してみれば、第一審原告の請求を一部認容した原判決は不当であり、第一審被告の本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して第一審原告の本訴請求を棄却し、第一審原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(石井義彦 守屋克彦 田口祐三)

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